« 勝手に小正月行事 | トップページ | 自給率100%な正絹 »

ここはかつて紬(つむぎ)の里だった

昔は日本全国いたるところで養蚕が盛んで、機織の文化があったという。(なんちゃって!)

という訳で、ここもかつては紬(つむぎ)の里だった。紬のなかでも特に<一之貝絣(かすり)> はこの地区独自のもので、近年まで代々伝えられてきた。10数年前まで母は冬になると機織を続けていた。_1561_1 _1571 _1572 _1567 _1562 _1570

まだまだいろいろあるんだけど、今日は6種類ね。

|

« 勝手に小正月行事 | トップページ | 自給率100%な正絹 »

「紬」カテゴリの記事

コメント

時代が変わったとよく言うけれど本当にもったいないね。昔から受け継がれてきた紬、大切な絣紋様だ。
3番目の絣は降る雪のようだね。
古いものを大切に守っていけるといいのにと、いろんなことで思う。

投稿: ひな草 | 2007年1月17日 (水) 23時23分

三番目の薄ピンクの井桁は、母の作ってくれた私のアンサンブルです。30年前のことでした。いまだ3回のみ袖を通したことがある、大切な宝物なんだ。(なんたってめんどくさいんだな、着るの。後始末もね。)いずれ、娘に譲りたい。

投稿: boowan | 2007年1月17日 (水) 23時52分

カスリモヨウいですね。青が基調なんでしょうか。妻はいい藍色ですね、といっています。手織りの趣が出ています。素敵なアンサンブルに仕上がっているのでしょうね。

投稿: 北富 | 2007年1月20日 (土) 15時14分

そう、基本は青かも知れません。文化財指定の一之貝絣は120-10の絣で、私の祖母の時代に盛んに織られ、高度な技術があったのだそうです。友人のお宅に保存されていて、先日見せてもらう約束をしました。

投稿: boowan | 2007年1月21日 (日) 21時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 勝手に小正月行事 | トップページ | 自給率100%な正絹 »