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一之貝絣の味

一之貝絣の味。それは縦と横の微妙なズレ。

絣は縦糸と横糸それぞれに墨をを付けて絣縊り(カスリクビリ)をする。それから糸を染め、その後、縊(クビ)ったところの縊り糸(綿糸)を切って織り糸にする。縦糸を整経し、綾を通して機ごに架けて、機を織る。絣を作るには柄を合わせて縦糸と横糸の十字を作る。これが絣もようになる。_1613 _1628_1622_2 

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「紬」カテゴリの記事

コメント

絣がたくさんありますね。この中では三番目のが好きです。
ところで絣のデザインはおばあちゃんが考えて作ったオリジナルのものなのですか?誰かと相談して作っていたの?
沢山の工程を経て貴重な糸から紬が出来ていくのですね。

投稿: ひな草 | 2007年1月25日 (木) 23時03分

もともと基本はあって、それを好みなように母が祖母〈母の親)に相談してって感じだと思います。なんたって母は19で嫁いだんですから。
絣の歴史は古く、もともとは十日町から来たようです。それはそうと、100年ほど前には、我が地区には絣のデザイナー的な人がいて、たしかキツゾの久吉さんともうひとり名前は不明だけどウランサワの人は絣の大家であったと聞きます。そういう人たちが時代時代に出て発展したんですね。文化の継承ってヤツでしょうか。

投稿: boowan | 2007年1月26日 (金) 18時18分

縦糸、横糸に染めの着かない縊りを作るのが私には不思議でしょうがなかった。今考えると全て等間隔であった。母が織っていた絵柄模様的なものはいまだに解らない。
真ん中の織りは割りとゴツゴツとした質感が有りますが、横糸の違いでしょうか。縦糸は繭からとったヨリ糸ですが(これは繭何個分でしたでしょうか?5個ぐらいで生糸一本としていたような気がするのですが)、横糸は紡ぎ糸でしょうか?祖母は真綿から糸をつむぐのが上手であった。あのスピードには感心させられた(指に唾をつけながら上手くヨリをかけていたものだ)。この糸は太さが均一でなくこの不均一さが織り上がり生地の独特の質量感を醸し出していた。
今、記事を書いていても、あの頃の道具の名前が思い出せない。これを思い出せないおかげで言いたいことの1割もいえない。嘆かわしい。道具は細かいとこまで覚えているのに。

投稿: 北富 | 2007年1月27日 (土) 23時09分

母によれば、一之貝の場合経糸はヨリ糸で15~20くらいの繭からとった糸をさらに2本に寄せて撚り、大体合計30~40本にするんだそうです。緯糸は写真の1と2番目はユウキ紬で真綿を紡いだもので、3番目のは経糸と同じヨリ糸だそうです。いずれも糸をお湯で2時間ほど煮て油や汚れをとって白い糸にして、その後絣等の工夫をしてから染色をすると云うことです。

座繰り、機へ、機枠、樋、バッタなどは機織に必要な道具の名前だそうです。あとは暖房用のネコ(行火)もありました。母も懐かしがっています。

投稿: boowan | 2007年1月28日 (日) 12時25分

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