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糸取りと小学生のわたし

乾燥したカサカラ繭、鍋で茹でて糸取りをする。そのとき必要なのは忘れもしない稲藁のヌイゴだ。束ねて筆状にする。これが繭の糸口を掬う。母の指先は透明な糸を器用にとって糸車を回した。

この作業をするときは、いつもは田畑に出かけている母が、家にいてほんとにうれしかった。学校から帰るとかまどにジャガイモをくべて焼いてくれた。小学生のわたしはとても幸せを感じた。_1617_1 _1619   

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「紬」カテゴリの記事

コメント

子供の頃の何気ない日常に幸せな時間があるんだよね。子供を思うお母さんと傍で幸せな笑顔の子供、ジャガイモの湯気の中に見えるようです。
糸取りはいつ頃だったの?初夏、秋?
絣模様はいろいろありどれも舞い散る雪に思える。
紬の渋い色合いがいいですね。

私は、家の外から機織のトンカラ、トントンと聴こえる音で母がいることを確認していた。
雪の中に聴こえる母の音だ。

投稿: ひな草 | 2007年1月25日 (木) 00時00分

私も糸を取っているところを覚えてます。昔から伝えられた道具があり鍋で煮立てて糸を引き出していて繭が踊っていた。さなぎの独特のにおい。
今でも不思議、よく糸の始まりが取れるものだと。絡まないで一筆書きのごとく全部糸にできるものだ。昔の人は賢い。絹糸ができるまでは大変な作業だね。

投稿: ひので | 2007年1月25日 (木) 17時31分

蛹化した蚕は白から黄色の透明になって、透き蚕と呼ばれます。体中が全部糸の成分なんだよね。全く不思議だよね。ぼこ様、蚕休み、蚕あげ、蚕に関する言葉は色々あるよね。

投稿: boowan | 2007年1月25日 (木) 22時21分

ひな草さんの質問〈糸取りはいつ頃だったの?初夏、秋?〉の答え、蚕上げすぎの7月中旬の頃の作業でした。
あの幸せ感は永遠です。

投稿: boowan | 2007年1月26日 (金) 17時38分

糸取りは夏の頃なんだね。
そうすると田んぼの草刈りに消毒、畑の草取り、野菜の手入れ、蚕。いったいいつ休んでいたのか。
そりゃ、肩こり、腰痛、手足の関節痛などになる訳だね。

投稿: ひな草 | 2007年1月27日 (土) 01時10分

あまりに懐かしく、涙が出そうです。
養蚕から機織までは私の幼少の記憶そのものです。一年間何をするのもお蚕様でした。家中が養蚕で自分のことは自分でする、学校の弁当も自分でおかずを作り詰めて登校していました。そんな訳で、回りの人の弁当が非常にうらやましかったことを記憶しています。
前文長くなりましたが、本「一之貝絣」シリーズにつきましては私の幼少の思い出の投稿欄になってしまうことをお許しいただきたくお願いいたします。また、母上様にはこれは違うよとご指摘修正いただければ非常にありがたく、新たな思い出ともなります。
勝手を申し上げますがご容赦の程宜しくお願いいたします。
さて、前回、青が基調かと思いましたが、鮮やかな赤も有るんですね。深みのある赤です。白の絣とまた良くマッチしています。年配にはもちろんですが、若い娘に仕立てると現在の日本が表現できると思います。絶対若者に着せたい。
では、次回から私の思いを綴らせてください。

投稿: 北富 | 2007年1月27日 (土) 22時12分

コメントありがとうございます。
幼少時の思い出は、人生のなかで永遠に宝物ですよね。是非、お聞きしたいところです。

投稿: boowan | 2007年1月27日 (土) 22時44分

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